もの置き場

日々の妄想とかを雑にまとめたブログです。 初めての方はaboutページをご一読お願い致します。

三題噺

5月10日、僕は、財布を忘れて、時計を忘れて、大雨に降られて、彼女に振られた。


今日はきっと、星座占いで最下位だったんだろう。普段気にもしない占いは、こういう時に役に立つ。こんなツイてない日は、明日に期待するしかない。きっと明日は今日よりいい日だから。

店先で雨宿りをしながらボーッと空を見つめる。厚い雲が遠くまで広がっている。しばらくは止まなそうだ。財布もないので店に入れない。時間を潰そうと、鳴りもしない携帯を取り出し、無意識に写真フォルダを開く。写真の中の僕は、彼女の隣で笑っている。そんな写真も今の僕には塩でしかない。目に入った写真全てを削除する。残った写真は、その時は綺麗だと思った夕日とか、その時は忘れたくないと思った言葉とか、猫とか。今となっては何も響かない。理解ができない。確かに僕だったはずのパーツが、僕じゃなくなる感じがした。

 

雨は止まない。もういっそ濡れて帰ろうか。家までは15分ほどかかるが、別に風邪を引いてもいい。よし、歩いて帰ろう。
一歩踏み出したその時、店の扉がカランコロンと開いた。店の名前さえ目に入っていなかったが、ここはどうやら女性向けの店らしい。出てきたのは、ガーリーな服を着た女の人。彼女と目が合った。


「あのっ、濡れちゃうんで、これ」
そう言って彼女は、小さな猫のイラストが描かれた可愛らしい折り畳み傘を僕に向かって差し出す。これは、使っていいということなんだろうか。
「いや、大丈夫です…。それ、売り物ですよね?僕今日、生憎財布を持っていなくて…。これくらいで風邪は引かないだろうし、お気持ちだけ。ありがとうございます。すみません」
僕は出来るだけ言葉を選んで、ゆっくりと言った。彼女はそれを聞いて、首を振った。
「いえ、これは売り物じゃないです。お金もいりません。風邪は引かないかもしれないですけど、私が放っておけないんです」
そう言って傘を無理やり僕の手に押し込む。


「では、仕事に戻ります」
彼女はニコッと目を細めて、僕に会釈をし、カランコロンと扉を鳴らし店内に戻った。
あまりに急なことで僕の心は追いついていない。手に押し込まれた折り畳み傘を眺めてみる。
(猫、好きなのかな)
なんて思いながら傘を開き、店内を見る。彼女はレジで何かを書いていたが、僕の視線に気づいたのか顔を上げ、手を振ってくれた。僕はそれに会釈で答え、その店を後にした。


財布を忘れ、時計を忘れ、大雨に降られ、彼女に降られた日。僕は、ある女の子に恋をした。しかし、それに気づくのは、もう少し後の話。

 

お題

財布、大雨、意識